ぺイル・コクーン


ナレーション:
歴史という名の記録が、どこかで途絶えた。
気がつけば人間は、この世界で生きていた。

ウラ:
よし。

同僚:
もう終わったか?

ウラ:
ああ。やっぱり画像記録だ。

同僚:
了解。次のを用意する。

ウラ:
大気の透明度もあるし、緑も深い。
AD指数二千前後の表層の記録だよ。
場所は―

同僚:
場所なんてどうでもいいんじゃないか?
なあ、ウラ。いつも言ってるけど、そういうのは―

ウラ:
「分析課の仕事。余計なことには手を出すな。」
了解。次のを送ってくれ。

同僚:
次、まとめて二つ。
暗号量が多いな。

ウラ:
とりあえず、開いてみる。
あっ!

同僚:
どうした?

ウラ:
珍しいなあ。
音声付きの映像記録だよ。
復元のし甲斐がありそうだ。
あ。

同僚:
じゃ、また明日。
本の接続切るぞ。

ウラ:
また明日。
世界中に眠る、記録の残骸。
その中にごく稀に存在する、かつての世界の断片。
復元可能な二進数の暗号文。
だから俺は、あの場所にいた。
過去を知ることのできる、唯一の手がかりだからだ。

ウラ:
退勤時間になったら戻って来いよ。

リコ:
分析課に仕事があれば戻るわよ。

ウラ:
なあリコ、何だっていつもあんな所に?

リコ:
みんないったみたいね。
どうして発掘局に拘るの?

ウラ:
記録があるから。
さもなきゃ、こんな所まで登って来ないって。

リコ:
もうあの場所くらいね。
こんな階層に残されてるのって。

ウラ:
その内、下に移るさ。

リコ:
80番台の発掘局も全部閉鎖されるんだって。

ウラ:
明日は仕事あるからな。

リコ:
また見つかったの?

ウラ:
今日一つ送っといた。
今度はな、太陽光が遮られてない表層の記録。
緑色の・・・

あらゆる発掘記録から、人間は過去の世界とともに、この現実を知った。
始めにあった世界、その表面を覆うようにして形成された人工の世界。
その狭間で暮らす人間。
環境維持装置。
そしてその影響力が最も大きい――最下層。
最下層のさらに下には、海と呼ばれるエリアが広がっている。
発掘記録によれば、人間は海からやって来たそうだ。
だからなんだろうか、たくさんの人間が、あの場所にしがみついている。

ウラ:
なあ、今送った記録、ちょっと見てくれ。

リコ:
今度はなに?
また緑色の世界?
それとも人間の歴史?

ウラ:
さあな。
それを知りたいんだ。
これ、何の記録だと思う?

リコ:
なにこれ?

ウラ:
いやあ・・・

リコ:
復元済みのを持ってきてよね。

ウラ:
簡易復元できたのはここまで。
気になるのは・・・これ。
本・・・じゃないよな?

リコ:
たぶん・・・本ね。

ウラ:
えっ、ちょっと様子が違わないか?

リコ:
もともと本は物理的な方法で文字や図を転写する記録形式だったの。
こんな感じ。
もちろん一度記録すればそれきりだし、他の本とのやり取りもできないわ。
でも記録伝達媒体って点は、今のと変わらないわね。

ウラ:
じゃあ、ここは・・・記録保管庫か?
記録を見る、それをデータベースにしまう。それから・・・

リコ:
どうして発掘局に拘るの?

ウラ:
知りたくないのか?
どこ行くんだよ?

リコ:
もういいんでしょ?
ここって、昔はもっとたくさんの人が働いていたんだってね。
どこも人でいっぱいで、
新しい記録を見つけるたびに、みんな大喜びだったって。

ウラ:
俺は、今だってそうだけどな。

同僚:
どうだ、復元は?

ウラ:
妙なんだ。
イメージの断片ばかりで脈絡がない。
女がしゃべっている言葉もそうだ。
復元そのものは、じき終わるけど
分析は厄介かもな。
ま、俺の仕事じゃないが・・・

同僚:
分析課、今日も出勤者はなしだ。

ウラ:
リコの奴また無断欠勤か。

同僚:
彼女、発掘局を辞めたいんじゃあないのか?

ウラ:
さあ?しばらく会ってないからな。
昔あいつが言ってた。
人は、変わらないで欲しいって思うことがあるから、それを記録に残すんだって。

同僚:
これまでに発掘した記録の中で、今でも残ってるものってあったか?
俺、やめるんだ、ここ。
ウラ、記録が全部うそかもしれないって考えたことないか?

ウラ:
すべて事実だってことは、確認されただろ。

同僚:
俺はな、ウラ、うそならよかったのにって、よく、考えるよ。

リコ:
私のおばあちゃんが小さかった頃ね、もっと上の階層まで人が住んでたんだって。

ウラ:
環境維持装置の影響が、ここより上の階層にも届いてたんだろ?
じきに住めなくなって、このあたりに下りてきたって聞いたけど。

リコ:
それでも上に居続けた人たちがいたのは知ってる?
おばあちゃんもその一人だった。
記録の中の世界。
環境維持装置なんて必要なかった世界。
それとかけ離れた現実を、受け入れたくなかった人たち。

ウラ:
上に何があるって言うんだ。

リコ:
あるとき、上から落ちてきたの。
ここに倒れてた。
体の内側がボロボロになってたんだって。
環境維持装置の届かない場所じゃ、生きられないのに。

ウラ:
もっと記録を調べれば・・・

リコ:
記録を掘り起こしてこの世界が変わるの?

ウラ:
知ることができた。

リコ:
知らないほうがよかった。
緑色の世界も、その世界を壊したのが人間だってことも。
私これ以上現実に絶望したくない。
記録なんて、はじめから掘り起こさなければよかったのよ。
これ以上、人間の愚かさを見たい人なんていない。
わかるでしょ?

ウラ:
わかってた。
俺だってわかってた。
そう、誰だって知っていることだ。

ウラ:
じゃあ俺は?
記録の中に浸りたかっただけなんだろうか。
巨大な人工収容所の成れの果てにすぎないこの現実から、目を背けるために。
ただ、あの時俺は、記録の中の世界がほんのわずかであれ、
この現実のどこかに残っていたらどんなにいいだろう、そう思っていた。

ウラ:
何を見ているんだ?

YOKO(歌):
森が眠りについた朝
煙が空に引いた尾と
地平線とが交差して
銀の十字をこしらえた

海が眠りについた朝
月は待つのを終わりにした
満ちては欠ける揺りかごを
祈りの代わりに差し出した

あれは最後の天使
あれは名残のホルン
孵らない蒼い繭(あおいたまご)
微笑みをなくしても

星が眠りについた朝
せめてもの空、曇り空
神様がいた時代には
濡れて光った庭の苺
いつか会える日の約束して

あなたを忘れない

ウラ:
これが・・・空?

[ウラ、回想]
リコ:
わたしね、ここにいるとよく思うの。
昔の人はどうして記録を残したんだろうって。

ウラ:
じゃあさ、これはどういうつもり?

リコ:
フフ、変わらないで欲しいことってあるのよね。
はい、記録します。
[ウラ、回想終わり]

YOKO(映像記録音声):
地球でこの番組をご覧の皆さん、こんにちは。
YOKOです。
えー、わたしは一週間前にこちらへ到着しました。
場所はですね、静かの海にある居住区。
何でも、月面で一番最初にできたコロニーらしくて、港からも近いんですよ。
それに、環境維持装置のある場所は、重力なんかも地球といっしょで、想像してたより、ずっと、快適です。
でも・・・、空を見上げると、錆びついた色をした地球が、あるんですよね。
待って!
移民船の順番待ちをしている皆さんが、辛い思いをしているのは、よくわかっています。
だから、いっしょに祈りましょう。
いつの日か、母なる惑星(ほし)が長い眠りから目覚め、再び朝を迎えることを。
そこに人がいることを。
YOKOで、「蒼い繭(あおいたまご)」。

リコ:
錆びついた・・・地球・・・

ウラ:
青い・・・